障害福祉の現場や大学の授業、研修会、あるいは個別支援計画を作成する場面で、私たちは毎日のように「本人のニーズ」という言葉を耳にします。本人が何を望み、どんな暮らしをしたいのか。それを中心に支援を組み立てることは、いまや福祉の絶対的な大前提です。
しかし、私が日々向き合っているDARC(薬物依存症リハビリテーションセンター)などの回復支援の現場にいると、この言葉の持つ難しさに直面することが多々あります。私たちは一歩立ち止まって、深く考えてみる必要があります。「その人がいま口にしているニーズは、どれほど豊かな選択肢の中から選ばれたものなのだろうか」と。
💡 依存と孤立のなかで「狭まってしまった世界」
DARCに繋がる仲間の多くは、長年にわたる依存症の苦しみや、それに伴う孤立、時には刑務所などの施設での生活を経験しています。これまでの人生の大部分を「生き延びるため」「目の前の苦痛から逃れるため」だけに費やしてきた人たちです。
そうした過酷な背景を持つ仲間に、繋がって間もない段階で「あなたのニーズは何ですか?」「これからどんな生活がしたいですか?」と問いかけたとしたら、一体どんな答えが返ってくるでしょうか。
「静かに暮らしたい」「一人になりたい」「特にやりたいことはない」
彼らが口にするニーズが、どうしても今までの狭い世界の延長線上や、諦めのなかに留まってしまうのは当然のことです。人は、自分が体験したことのないもの、存在すら知らないクリーンで健康的な楽しさを「やりたい」と望むことはできないからです。それは本人の「本当の限界」ではなく、単に「豊かな選択肢に出会っていないだけ」に過ぎません。
🛠 DARCが提供する「未知の体験」という選択肢
だからこそ、DARCをはじめとする回復支援の場では、本人の言葉をただ聞き取るだけの「御用聞き」であってはならないと思っています。真の支援とは、本人のこれまでの背景や生きてきた歴史、傷つきや諦めの体験までを十分に、丁寧に聞き取ることから始まります。
その上で、こちらから新しい体験をどんどん提案し、世界を広げていく並走が必要です。
毎日のミーティングで、自分の感情を言葉にし、仲間に聴いてもらう体験
- みんなで一緒にカレーやチャパティを作り、同じ食卓を囲んで笑い合う体験
- 週末にグラウンドへ出て、汗を流しながらソフトボールに熱中する体験地域のあたたかいお祭りに、運営側や出店者として参加し、社会と繋がる体験
これらは、かつて薬物中心の生活を送っていたときには、想像すらしていなかった「普通の、でも温かい日常」の体験です。
🚀 選択の幅を広げ、人生の可能性を広げるために
最初は「そんなの興味ない」「自分には無理だ」と言っていた仲間が、半ば強引にでも体験を重ねるうちに、「スポーツってこんなに楽しかったんだ」「人と一緒にご飯を食べるのってホッとするな」と、顔つきを変えていく姿を私たちは何度も目撃してきました。
体験が増えて初めて、人は「もっとこうしたい」「次はあれに挑戦してみたい」という、新しい本物のニーズを芽生えさせることができるのです。
個別支援計画とは、今ある狭い枠の中にその人を当てはめるための書類ではありません。
これからの人生において、その人の「選択の幅」をどこまでも広げていくための、最初の新しい冒険の地図であるべきです。
本人の言葉の奥にある背景に耳を傾け、まだ見ぬ豊かな経験への扉を、プロとして、そして一人の人間として共に開き続ける支援者でありたいと考えています。
