はじめに:ここへ来られた、それだけでベストを尽くしている
ご家族の依存問題に直面し、日々、行き場のない不安や怒り、そして深い悲しみを抱えながら必死に生きておられる皆さま。まず最初にお伝えしたい、大切なことがあります。
今日、こうして「家族会」へと足を運ばれたこと。
その一歩こそが、あなたがご家族のため、そして何よりご自身のために「すでにベストを尽くしている」という揺るぎない証拠です。
「私の関わり方が悪かったのではないか」「あのとき、もっとこうしていれば」と、ご自身を責める必要はまったくありません。あなたは今日まで、暗闇の中で手探りをしながら、本当に一生懸命やってこられました。
どうか少しの間だけ、張り詰めていた肩の荷を下ろしてください。これまでの痛みに満ちた歩みを静かにねぎらい、安心して心を休められる時間として、このコラムを読み進めていただければ幸いです。
私自身、かつては重度の薬物依存症者でした。27歳のときに回復支援施設「ダルク」の仲間と出会ってから34年、薬物を使わない生き方を30年間続けています。ダルクのスタッフとしても26年ほど活動し、多くの依存症者やそのご家族に寄り添い、時には救えなかった仲間たちを見送ってきました。
今回は、私と母との確執と和解のプロセス、そして依存症という「脳の病気」の本質を通じて、ご家族が本来の笑顔を取り戻すための道標をお届けします。
1. 私と母の物語:絶縁から「穏やかな看取り」へ
私を産んでくれた母は、シングルマザーとして水商売をしながら、必死に私を育ててくれました。しかし、私が薬物に溺れ、24歳で初めて精神病院に入院したとき、病院からの連絡に対して母はこう言い放って電話を切ったそうです。
「もう親でもないし、子でもありません。失礼します」
それから長きにわたり、私たちの関係は完全に冷え切っていました。母の家を訪ねても、玄関のチェーンロックはかかったまま。ドア越しに「帰れ!」と拒絶される日々が続きました。当時の私は、「せっかく謝りに来てやっているのに、なんだその態度は」と怒りを募らせ、「早く死ねばいい。葬式なんか絶対にしてやるものか」と、本気で母を憎んでいました。
そんな泥沼のような関係に変化が訪れたのは、私がダルクで回復を続け、家族会などで自分のありのままの感情を語り、「それでも、もう一度行ってあげてほしい」と周りの家族から背中を押され続けたからでした。
ある年、諦め半分で久しぶりに訪ねると、母がすっと鍵を開けて私を家に入れてくれたのです。それは、母自身が新しいパートナーと出会い、自分の人生を穏やかに生きていたからでした。私を許したというより、母自身が人生に満たされ、安心できていたからなのです。
それから少しずつ、お盆を一緒に過ごしたり、食事に行ったりするようになり、20年近い歳月をかけて、私たちはようやく親子の関係を再構築することができました。
昨年、母はがんで亡くなりました。最後に入院したホスピスでは、時間があれば面会に出向き、私は母が大好きな甘いコーヒーを淹れて面会時間を過ごしました。かつてはきつい言葉ばかりだった母が、最期、本当に体が弱ってきたときに、私の手をぎゅっと握って「手を握ってちょうだい」と言ったのです。
その痩せた手に触れたとき、私の中に長年こびりついていた母への恨みや幼少期の寂しさが、静かに、そして確かに癒されていくのを感じました。
親子の関係がどれほど壊れていても、お互いが「自分の人生」を生き、適切な距離を保ち続けることで、いつかこのような和解の瞬間が訪れることがあります。焦る必要はありません。関係の回復には、それだけの十分な時間が必要なのです。
2. 依存症は「脳の病気」である
「なぜあの子は何度も約束を破るのか」「なぜ私の育て方が悪かったのか」と、自分や本人を責め続けていませんか。
はっきりとお伝えします。依存症は「脳の病気」であり、本人の意志の弱さや性格、ましてやご家族の教育のせいではありません。遺伝的な体質、本人が抱えていた生きづらさや環境、そして時代背景など、様々な要因が絡み合って、脳のコントロールシステムが「ハイジャック」されてしまった状態なのです。
このメカニズムを、感覚的に理解していただくために2つの例え話をさせてください。
① 梅干しと条件反射
大粒で完熟した、真っ赤な和歌山の梅干しを思い浮かべてみてください。これを聞くだけで、口の中に唾液がじわっとあふれてきませんか?
これは病気でしょうか? いいえ、違います。脳が過去に体験した梅干しの味を記憶しており、そのイメージに体が自動的に反応する「条件反射」です。
薬物依存症者の脳も、これとまったく同じ状態にあります。
覚醒剤を使ってきた人は注射器の写真を見るだけで、ある音楽を聴く時に大麻を使ってきた人は特定の音楽を聴くだけで、脳の奥深くが震え、手に汗を握り、使いたくてたまらなくなります。かつて寂しいときや怒りを感じたときに薬物を使っていた人は、その感情に陥っただけで、脳が自動的に「薬物による解決」を求めてしまうのです。
「もう二度と使わない」と涙ながらに誓った本人の言葉に嘘はありません。しかし、脳が特定の引き金(トリガー)に反応した瞬間、自分の意思ではコントロールできない猛烈な渇望に襲われてしまう。それが、この病気の生理学的な真実です。
② 靴下を逆から履く難しさ
もう一つ、習慣を変えることの難しさを考えてみましょう。
あなたは毎朝、靴下を右と左、どちらの足から履いていますか? 「明日から3ヶ月間、必ずいつもと逆の足から履いてください」と言われたら、どうでしょうか。
「靴下を逆から履く」と紙に書いてタンスに貼っていても、朝ボーッとしていれば、いつの間にか慣れ親しんだ足から履いてしまっているはずです。
単なる靴下の習慣ですら、変えるのには相当な努力と意識が必要です。脳の神経回路そのものが書き換わってしまった「依存症」という病気において、これまでの行動パターンや思考のクセを変えることが、どれほど途方もない作業であるか、想像していただけるでしょうか。
ダルクに入り、毎日ミーティングを重ね、あの先3年、5年と「今日一日」を積み重ねて、ようやく依存的な生き方から解放されていく。それほどじっくりと時間をかけるべき病気なのです。
3. 家族の「巻き込まれ」から抜け出すために
本人の行動に振り回され、ご家族自身が不眠になり、抗不安薬を服用し、近所の目が怖くて社会から孤立していく……。これを私たちは「家族の巻き込まれ(共依存)」と呼びます。
家族を病気から救おうとする必死の愛情が、皮肉にも本人が病気の痛みと向き合う機会を奪い、依存を長引かせてしまう(イネイブリング)行動につながっていることがよくあります。
借金の肩代わりは「百害あって一利なし」
最も避けるべき関わりの一つが、「本人の借金の肩代わり」や「トラブルの後始末」です。
たとえば、本人が50万円の借金を作り、督促状が来てパニックになり、家族が「今回だけよ」と返済してしまったとします。するとどうなるでしょうか。
金融機関側は「この人はきっちり払ってくれる優良顧客(あるいはバックに払ってくれる親がいる)」と判断し、次回の融資限度額を100万円に引き上げることになります。本人もまた、「本当に困れば親がなんとかしてくれる」と無意識に学習し、さらに大きな問題を起こすようになります。
50万円の段階で「自分で責任を取りなさい。返せないペナルティ(信用情報の失墜など)を自分で引き受けなさい」と突き放すこと。それこそが、本人が自身の問題の重大さに気づく、ひとつのチャンスになります。
適切な距離感(手放すということ)
「見捨てる」ことと「手放す(境界線を引く)」ことは全く違います。
境界線があいまいで、距離が近すぎるからこそ、お互いに感情が爆発し、傷つけ合ってしまうのです。
「あなたのことは大切に思っているけれど、あなたの借金はあなたが返しなさい」
「私は私の人生を生きるから、あなたも自分の人生と回復に責任を持ちなさい」
このように、本人の人生の責任を本人に返し、ご家族はご自身の人生を取り戻す必要があります。
4. 今日からできる「具体的な関わり方」
家庭内でのコミュニケーションにおいて、今日から心がけたい具体的なポイントを整理しました。
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避けたい関わり |
心がけたい関わり |
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怒鳴る・手を出す・コントロールする (「こうしろ、ああしろ」と本人の選択を奪う) |
事実と心配を、感情をぶつけずに伝える (「3日帰ってこないと、私は本当に心配だよ」) |
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部屋を調べる・見張る・問い詰める (「またやってるんじゃないか」と不審がる) |
具体的に起きている変化のみを伝える (「最近ご飯を食べていないみたいだけど、体調は大丈夫?」) |
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借金の返済、仕事の言い訳などの後始末 (本人が受けるべき結果を家族が肩代わりする) |
お金ではなく「具体的な物」で支援する (現金を渡さず、一緒に食事をしたり、食品を渡す) |
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過去の失敗を責め立てる (「あの時もそうだった」と蒸し返す) |
「今日一日」に集中し、できている良い変化を褒める (「最近、いい表情をしているね」) |
最大の支援は「家族自身が笑顔になること」
家族会の仲間の中に、こんな風におっしゃる方がいました。
「息子が依存症になって、一時は死んでほしいとまで思い詰めた。でも、この家族会に通い続け、全国の仲間に会いに行くうちに、いつの間にか定年後もゴルフを楽しめるほど元気な体になっていた。息子の問題に巻き込まれたお陰で、あながち悪くない老後を生きられているよ」
本人は、自分のせいで家族が泣き、疲れ果てていく姿を見るのが一番辛いのです。
むしろ、「お前がどうあろうと、お母さんは今日も友達と美味しいランチを食べて、元気に楽しく生きているよ!」という姿を見せる方が、本人の心はどれほど救われるか分かりません。
自分のために時間とお金を使い、自分の笑顔を取り戻すこと。それこそが、本人を回復へと向かわせる最も強力な後押し(愛着のある手放し)になるのです。
おわりに:答えは出なくても、「今日一日」を共に
薬物やアルコールを、一瞬でやめさせるような「魔法の答え」は、残念ながらありません。
しかし、「この先一生、やめ続けなければならない」と思うと、本人もご家族も息が詰まってしまいます。だからこそ、私たち回復者は「今日一日だけ、使わずに生きよう」というスローガンを何よりも大切にしています。
ご家族の皆さまも、全く同じです。
「この先どうなるんだろう」という将来の不安に押しつぶされそうになったら、「まず、今日一日、自分の機嫌を良くして過ごそう」「今日一日、美味しいものを食べよう」と、今日一日、巻き込まれることなく、穏やかな一日を取り戻してください。
あなたは決して一人ではありません。同じ痛みを分かち合い、共に笑い合える仲間が、家族会にいます。共に手をつなぎ、今日一日を、笑顔で生き抜いていきましょう。
