それは「弱さ」ではなく、苦しさのサインかもしれません
私自身も、精神病院の入退院をくり返していた20代前半、何度かオーバードーズをして、生命の危機に陥ったことがありました。
でも、本当に死にたいと思っていたわけではなかったのです。
どうしていいのかわからなかった。
何をしたらいいのかもわからなかった。
ただ、そのときの苦しさから少しでも逃れたかった。
少しのあいだだけでも、何も感じずにいたかった。
それが、あの頃の正直な気持ちでした。
オーバードーズをしてしまうと、「死にたいんでしょ」「またやったのか」と言われることがあります。
けれど実際には、そう簡単に言い切れないことがたくさんあります。
生きたいとも言い切れない。
死にたいとも言い切れない。
ただ、今この苦しさをどうにかしたい。
そんな気持ちのなかで、薬に手が伸びてしまうことがあるのだと思います。
OD(オーバードーズ)は、薬を一度に多く飲んでしまう「行為」です。

一方依存症は、やめたいと思ってもれない、減らしたいと思っても止められない、そうしたコントロールが難しくなっていく状態です。
この二つは同じではありません。
でも、どちらにも共通しているものがあります。
それは、その人の中にある、生きづらさや苦しさです。
不安や孤独、傷ついた経験、対人関係のしんどさ、将来への絶望感。
いろんなものが積み重なって、心の中がいっぱいになってしまう。
そして、「誰かに助けてほしい」とうまく言えないまま、一人で抱え込んでしまう。
その先でODが起きることは、決して少なくありません。
だから私たちは、ODを単なる問題行動として見るのではなく、
「その人がそれほどまでに苦しかった」サインとして受け止めたいと思っています。
もちろん、ODはとても危険です。
命に関わることもあります。
そして、一度きりではなく、くり返されるようになっていくと、だんだん「つらいときは薬しかない」と感じるようになっていきます。
最初は一時しのぎだったものが、少しずつ手放せなくなっていく。
同じ量では足りなくなり、もっと多く、もっと強く求めてしまう。
そうやって、依存のサイクルに入っていくことがあります。
もし今、
「やめたいのにやめられない」
「苦しくなると真っ先にODが頭に浮かぶ」
「誰にも言えず、一人でくり返している」
そんな状態にあるとしたら、それはあなたの意志が弱いからではありません。
一人で抱えなくていい苦しさを、一人で抱えてきたということなのかもしれません。
依存症は、根性で何とかするものではありません。
「もうしない」と自分に言い聞かせるだけで越えられるなら、こんなに苦しくはならないはずです。
だからこそ、回復には人とのつながりが必要です。
木津川ダルクは、そうした苦しさを抱えた仲間が集まり、回復を目指していく場所です。
ここには、うまく生きられなかった人、誰にも言えない思いを抱えてきた人、何度も失敗をくり返してきた人がいます。
でも同時に、そんな一人ひとりが、仲間と出会い、話をし、今日一日を積み重ねながら、自分を取り戻していく姿もあります。
回復というと、何か特別なことをしなければいけないように思うかもしれません。
でも本当は、とても小さなことの積み重ねなのだと思います。
朝起きること。
ごはんを食べること。
人の話を聞くこと。
自分の気持ちを少しだけ言葉にしてみること。
「助けて」と言ってみること。
そういう一つひとつの中に、回復はあるのだと思います。
あの頃の私も、どうしていいのかわからないまま、何をしていいのかもわからないまま、ただ苦しさの中にいました。
だからこそ今、同じように苦しんでいる人に伝えたいのです。
わからなくてもいい。すぐに変われなくてもいい。まずは一人で抱え込まなくていい。

もし今、自分のことで悩んでいる人がいたら。
もし、大切な人のことでどうしていいかわからないご家族がいたら。
どうか、ひとりで抱え込まないでください。
言葉にならなくても大丈夫です。
うまく説明できなくても大丈夫です。
「もう限界です」
「何をしたらいいかわかりません」
そのひと言からでも、回復は始まっていきます。
木津川ダルクは、そんな一歩を一緒に考えていく場所でありたいと思っています。
苦しさの中にいるあなたが、もう一度、人とつながり、自分を取り戻していけるように。
私たちは、今日も仲間とともに歩んでいます。
