木津川ダルク 新規グループホーム開設に伴うご支援のお願い~新しい「回復の家」を作るために、力を貸してください~

木津川ダルクでは、2026年3月の障害者グループホーム開設(木津川市内)に向け準備を進めております。現在、昨今の物価高騰の影響もあり、生活に必要な設備(エアコン6台、冷蔵庫、洗濯機、家具等)の購入資金が不足しております。つきましては、誠に恐縮ながら、新規開設に向けたご寄付、または物品のご支援をお願い申し上げます。

「ただの施設ではなく『帰りたい家』を。木津川ダルク、新たなグループホーム開設への挑戦」

 

1. 私たちの想い

「ただいま」と言える場所があること。 寒い日は温かな部屋で休み、温かいご飯を仲間と囲むこと。 そんな「当たり前の生活」こそが、依存症からの回復には何よりも大切です。

私たち木津川ダルク・ホームはこれまで、公的な助成に頼らず、自分たちの手と皆様の支えだけで、薬物依存症に苦しむ人々の回復を支援してきました。そして2026年3月、私たちは大きな一歩を踏み出します。 それは、仲間たちが地域社会の中で、より人間らしく、誇りを持って生きていくための拠点―「障害者グループホーム・サリタ」(仮称)の開設です。

「サリタ」とは、古代インドの言葉(サンスクリット語)で「川」や「絶えず流れるもの」を意味します。

私たちの活動拠点である「木津川」の清らかな流れにちなむとともに、回復を目指す仲間たちが、過去にとどまることなく、「あせらず、少しずつ、前へ流れていく」ことへの願いを込めました。 この「サリタ」という場所が、社会の荒波から一時離れ、仲間と共に穏やかな時間を取り戻す「癒やしの水辺」となるよう、スタッフ一同、誠心誠意努めてまいる所存です。

2. 現状と課題

「公的資金ゼロ」で守り抜いてきた、回復の場所

私たち木津川ダルクはこれまで、行政からの公的な補助金や助成制度を一切利用せず、自助努力と皆様からの温かいご支援のみで運営を続けてまいりました。 具体的には、8名が共同生活を送る入所施設に加え、地域の中に2名定員のアパートを5室借り上げ、仲間たちが回復へのステップを踏める場所を必死に守り続けています。 資金繰りが厳しい局面もありましたが、「回復したい」と願う仲間が帰れる場所を絶対に失わせてはならない―その一心で、今日まで走り続けてきました。

「施設」から、法的に守られた「家」へ

しかし、私たちが目指すのは、一時的な回復だけではありません。利用者が将来にわたって、地域の中で安心して長く暮らしていける環境を作ることです。そのためには、独自の運営だけでなく、法的に守られた安定した基盤(障害福祉サービスとしての位置づけ)が不可欠だと判断しました。

そこでこの度、これまで運営してきた生活の場の一部を移行させ、2026年3月を目処に、木津川市内にて正式な「障害者グループホーム(共同生活援助)」を開設する運びとなりました。

直面している課題:物価高騰による資金不足

現在、認可取得に向けた行政手続きと並行して、建物の改修や設備の整備を急ピッチで進めております。 しかしここで、昨今の急激な物価高騰や建築資材の値上がりが大きく立ちはだかっています。当初の想定以上にコストが膨らみ、開設に必要不可欠な設備資金が不足しているのが現状です。

長年、公的資金に頼らず運営してきた私たちですが、この新しいスタートラインに立つための初期費用だけは、自助努力の限界を超えており、皆様のお力をお借りしなければなりません。

3. 資金が必要な「本当の理由」

「建物」はなんとか用意できても、そこを「人間らしい暮らしの場」にするための資金が足りていません。

特に苦慮しているのが、空調設備(エアコン6台)や、冷蔵庫、洗濯機といった生活家電です。 これらは単なる「モノ」ではありません。

  • エアコンは、仲間たちが心身の不調を抱えながらも、安心して眠るための「安全」です。
  • 冷蔵庫や食卓は、孤立していた過去を乗り越え、仲間と共に食卓を囲む「団らん」を作るための道具です。

社会情勢が厳しく、皆様も大変な時期であることは重々承知しております。しかし、依存症からの回復を目指す仲間たちが、再スタートを切るための「家」を完成させるためには、どうしても皆様のお力が必要です。

4. ご寄付でできること

皆様からいただいたご寄付は、これからの生活に不可欠なエアコン設置費用、および家電・家具の購入費として大切に使わせていただきます。

【ご支援のイメージ】

  • 10,000円のご寄付で・・・皆が使う食器セットや調理器具が揃えられます。
  • 30,000円のご寄付で・・・電子レンジや炊飯器などの調理家電を1つ購入できます。
  • 100,000円のご寄付で・・・エアコン1台を設置し、快適な居室を提供できます。

5. 共に歩んでください

「もう一度、やり直したい」 そう願う仲間たちが、地域の中で胸を張って生きていけるように。 新しいグループホームは、単なる住居ではなく、回復の希望そのものです。

どうか、この新しい「家」の最初の一歩を支えるパートナーになってください。 温かいご支援を、心よりお願い申し上げます。

 

ご寄付サイトへ
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直接のご寄付


- ご寄付振込銀行口座 -

京都銀行 木津支店 普通口座
口座番号:3765453
口座名:木津川ダルク 代表 加藤 武士
(キヅガワダルク ダイヒョウ カトウタケシ)

- 郵便振替 ー
(口座番号)00910 – 2 – 202402
(名義)木津川ダルク

※直接ご寄付の場合、ご寄付者のご連絡がわからないので、以下の申込書をFAXもしくしくはメールにてお知らせください。
寄付申込書_2025.12.24

心に響く音色、仲間と分かち合う感動。文化パルク城陽『コンサートの集い』で過ごす、癒やしと回復のひととき

🎵 音楽に包まれた、心あたたまるひととき

木津川ダルクの利用者が、文化パルク城陽で開催された「コンサートの集い」に参加しました。
会場に一歩足を踏み入れると、色とりどりの音楽とやさしい雰囲気に包まれ、自然と笑顔が広がります。

演奏が始まると、迫力ある音色に思わず聴き入ったり、リズムに合わせて体を揺らしたりと、利用者の皆さんはそれぞれの楽しみ方で音楽を満喫。
「生の演奏はやっぱり違う」「心が落ち着く」「楽しかった!」といった声も聞かれ、音楽の力を改めて感じる時間となりました。

日常を少し離れ、仲間とともに同じ時間・同じ音を共有する体験は、回復のプロセスにおいても大切なひとときです。
これからも地域の行事や文化活動への参加を通して、豊かな体験を積み重ねていきたいと考えています。

死に損ないの私が、今日を生かされている理由(わけ)。失ったものよりも、大きな喜びを〜断酒断薬30年を迎えて〜

1995年12月21日、水曜日。
私は精神科病院を退院し、その足で仲間の待つミーティング会場へと向かいました。
あの日、会場で仲間が笑顔で広げてくれた両手と「お帰り」という言葉。
あれから今日で、ちょうど30年が経ちました。
あの日までの私は、生きることも死ぬこともできずにいました。
一度は自助グループやダルクにつながり、1年半ほど酒も薬も止めていました。けれど、シラフでいる毎日は少しも楽しくなく、かといって再び薬を使う気にもなれない。
「こんな人生なら終わらせてしまおう」と思い詰め、その年の8月に大量の薬を飲みました。
しかし死にきれず、ふらつく足で向かったミーティングの最中に意識を失い倒れ、仲間に救急車で運ばれました。
病院のベッドで目を覚ました時、最初に思ったのは「あぁ、また死ぬことができなかった」という絶望でした。
見舞いに来てくれた仲間に、私は「なんで助けたんだ!」と暴言を吐きました。もし逆の立場なら、私も迷わず救急車を呼んでいただろうに。そんな当たり前の優しささえ、当時の私は受け入れることができませんでした。
入院中、私はあることに気づき愕然としました。
かつて薬を止めるためダルクに入所する前、私は家財道具一式を倉庫に預けていました。「これさえあれば生活できる」と、後生大事に守ってきた家具や電化製品です。
けれど、1年の入所を経て退所し、新しく借りた部屋にそれらの荷物を運び込んだ時、強烈な虚しさが押し寄せてきました。
「自分が大切にすべきだったのは、こんなモノじゃなかった」
本当に大切だった家族、友人、職場への信頼……それら全てを失い、お金を出せばまた買えるようなモノに執着していた自分が、どうしようもなく情けなかった。
薬を止めて1年が経っても、壊れた人間関係は何ひとつ戻っていなかったのです。一人の部屋は寂しく、辛いものでした。
でも、私には薬を辞め続けていく新しい仲間がいました。
「今日一日を大切にしよう。今日、生かされていることに感謝と謙虚さを持って、穏やかに生きよう」
そう決心してからの30年、一度も再使用することなく生きてくることができました。
2000年からはダルクでアディクトの支援に関わるようになり、2019年には保護司の委嘱も受けました。
肩書きだけを見れば、立派な支援者のように見えるかもしれません。
しかし、私の根っこにあるのは、あの病院で絶望していた自分と同じ、ただの「薬物に苦しむアディクトの仲間」でしかありません。
様々な失敗や間違いを犯しながら、仲間に愛され、助けられて生きてきました。「愛されている」という事実に魂を留まらせることが、苦しく感じる日さえありました。
それでも、シラフで生き続けてきたからこそ、迎えられた最期がありました。
今年の8月、母が86歳で亡くなりました。
決して良い関係ばかりではなかった母子でした。けれど、ホスピスに入った母のもとへ足を運び、ただそばにいる時間を重ねることができました。
「手を握ってほしい」と母が言った時の驚き、その手の弱々しさ、眠るような最期。
蟠(わだかま)りなく「ありがとう」と伝え、看取ることができたのは、私が今日まで回復の道を歩み続けてきたからだと思えます。
20代の頃、私は薬物に楽しみを求めましたが、結局は薬物に苦しめられました。
その代償として失ったものは、確かに多かったです。
しかし、薬物を手放し、新しい仲間と共に手に入れた喜びは、失ったもの以上に大きく、そして多いものでした。
30年前、「なんで助けたんだ」と叫んだ私を、見捨てずにいてくれた仲間たちへ。
そして、今日一日を共に生きてくれるすべての仲間へ。
心からの感謝を込めて。

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