8/22(金) NA後のフローシップ
京都班のメンバーを連れて、NA後に銭湯に行ってきた。
健常者にとっては理解し難いことではあるだろうが、苦しいこと、楽しいこと等、あらゆる場面で病的な依存に頼って生きてきた依存症者にとって、素面で生きること自体が大きなストレスとなる。
その時間を、どう健全で健康的なものに替えて埋めていくのか。どう満たしていくのか。やりがいとなるものを見つけられるか。それが大きな課題である。
支援者として、それが見つかるまで支え続けたい。

8/22(金) NA後のフローシップ
京都班のメンバーを連れて、NA後に銭湯に行ってきた。
健常者にとっては理解し難いことではあるだろうが、苦しいこと、楽しいこと等、あらゆる場面で病的な依存に頼って生きてきた依存症者にとって、素面で生きること自体が大きなストレスとなる。
その時間を、どう健全で健康的なものに替えて埋めていくのか。どう満たしていくのか。やりがいとなるものを見つけられるか。それが大きな課題である。
支援者として、それが見つかるまで支え続けたい。
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