一般社団法人回復支援の会が行う事業へのご寄付のお願い

若葉萌えいづる頃、皆様にはますますご健勝のことと存じます。

さて、当法人の運営する木津川ダルク (drug addiction rehabilitation center)及び自立訓練(生活訓練)カルデモンメは、アルコールや薬物、ギャンブルに依存する人々に対して支援を行う非営利団体です。当法人では、専門的なより良い回復支援環境を提供し、依存からの回復を促進しています。

しかしながら、私たちの取り組みを継続するためには、皆様からのご支援が必要不可欠です。そのため、この度は、当法人への寄付をお願いする次第です。

以下のバナーをクリックして頂けますと寄付フォームが開きます。

 

皆様のご寄付は、以下のような用途に活用されます。

利用者の負担軽減:低所得利用者や貧困状態にある利用者の金銭的負担の軽減のために寄付が使われています。

施設の設備・備品の充実化:利用者のリハビリや回復に必要な設備や備品が必要となります。ご寄付があれば、施設の設備や備品の充実が図れます。

スタッフの研修費用のサポート:利用者に最適な回復環境を提供するために、スタッフの研修が必要であり、ご寄付があれば、スタッフの研修費用のサポートに使え支援スキルの向上につながります。

利用者家族のサポート:利用者の家族にもサポートが必要となる場合があり、ご寄付があれば、利用者家族や関係者のサポートに使われます。

利用者の就労支援や社会復帰支援、その他各種研修やイベント参加費等に使われます。

相談者や利用者の精神科医療通院サポートや保護観察所プログラム等への通所、裁判への出廷費用や裁判協力に使われます。

地域社会における薬物問題や依存症問題の啓発活動、講演活動の経費負担などに使われます。

皆様のご協力があって初めて、当法人のサービスを必要とする人々に、必要な支援を提供し続けることができます。

また、当法人では、よりそいホットライン事業の近畿ブロックの運営を一般社団法人社会包摂サポートセンターから受託しております。 よりそいホットラインは厚生労働省の補助金事業で、誰でもご利用いただける24時間365日対応のお悩み相談窓口です。電話(0120-279-338)、チャットやSNSによるご相談に対応をしております。この事業は補助金事業ではありますが、補助金では賄えない様々な費用がございます。よりそいホットライン事業の充実を図るのにも皆様のご寄付に支えられております。

少額でも、どうぞお気軽にご寄付いただけますようお願い申し上げます。ご寄付の際には、お名前やご住所など、必要な情報をご記入いただけますようお願いいたします。

最後に、このたびは一般社団法人回復支援の会へのご支援、心より感謝申し上げます。

敬具

一般社団法人回復支援の会
代表理事 加藤武士

新規事業所開設のご案内

拝啓、花冷えの時節でございますが、ますますご盛栄のこととお慶び申し上げます。平素は格別のお引き立てを賜り厚く御礼申し上げます。

さて、このたび木津川ダルクは事業拡張に伴い、デイセンターの開設を致しました。
あらためて皆様方の日頃のご支援に心より感謝申し上げます。
新デイセンターでは、障害福祉サービス事業における自立訓練(生活訓練)事業所「カルデモンメ」として薬物依存者だけではなく、アルコール依存者、ギャンブル依存者の方々も受け入れられる体制作りを致しております。
また、就労支援として「便利屋 楽々」事業の開業も致しました。
これを機にスタッフ一同、皆様のご期待に添えますよう一層の依存者回復支援に精励してまいる決意です。
今後とも倍旧のご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
敬具
令和5年3月吉日
一般社団法人 回復支援の会  代表理事 加藤 武士
新規事業所
自立訓練(生活訓練)カルデモンメ
(事業所番号 2613500681)
便利屋 楽々
住所
〒619-0206 京都府木津川市山城町北河原内畑74-1
電話
カルデモンメ 0774-26-4151
便利屋 楽々    0774-26-0357090-9225-0357
FAX
0774-26-4151
E-mail
木津川ダルク kizugawa.darc@gmail.com
カルデモンメ kardemomme@recosuppo.org
便利屋 楽々    info@rakuraku.group
Web
木津川ダルク/カルデモンメ https://recosuppo.org/
便利屋 楽々           https://rakuraku.group/
最寄り駅
JR奈良線「棚倉」駅下車、徒歩12分
2023年7月1日(土)に木津川ダルク10周年を記念して、
木津川市中央交流会館(いずみホール)にてフォーラムを開催予定です。
お誘いあわせの上、ご参加賜りますようお願い申し上げます。

ご寄付のお願い

 

薬物依存者のこうじです。

私は3人兄弟の末っ子になり、長男である兄と、双子の兄がおり、私はその双子の弟にあたります。
私がNAに繋がったのは、2021年4月〇日に刑務所から出所して、現在いる木津川DARC の仲間に加古川刑務所に迎えにきてもらい、入寮した時です。刑期は8か月と短い受刑生活でしたが、私にとっては初めての経験であり、非常に辛い生活でした。

私が入寮するきっかけとなったことを振り返ると、約30年間続けていた美容師を辞め塗装の仕事をすることになり、当時は離婚をした直後で、子供と離れた生活の寂しさ、慣れない仕事、上司との関係で、ストレスを抱え、精神・体力ともに疲れ果てていました。そのストレスを解消するために、仕事で使っているトルエン(シンナー)を吸うようになっていきました。
トルエンを使うようになった半年間、人にも相談などせずに、一人で悩みを抱え込み、どんどん病気が重症化していきました。年を取ってからの再使用で、人生も諦めかけていた、そんな考えでは、到底、シンナーが止まることもなく、泥沼にはまっていくスピードはあっという間でした。

「シンナーの使用で実刑?」とびっくりされる方々もおられるとは思いますが、約6か月の間に5回の逮捕となり、執行猶予中の身分でありながら、同様の過ちを繰り返してしまい、服役をすることとなりました。留置場・拘置所にいてる間に、親と長男である兄がわざわざ面会に来てくれたり、手紙のやり取りもしておりました。その間に、出所後にはDARCに入寮する話を進めていましたが、自分の気持ちは、決心することができなくて、もう一度社会で生活する話を持ち掛けてみました。ところが、もちろん親は反論しました。後日、双子の兄が面会に来てくれて、「DARCに入寮したほうが良い。俺を信じて考え直せ。」と言われました。その時それまで迷っていた気持ちは、一気に決心へと変わっていきました。

実はその双子の兄も薬物依存からの回復者であり、過去にDARCに入寮して生活していた経験があるのです。その頃から、月に4回の手紙のやり取りで、励まされ、勇気を与えてくれて、悩みや不安は、少し和らいでいました。まだ判決は決まっていない状況ではありましたが、刑務所に行く覚悟を決めることができました。刑務所に移送されてからも、双子の兄との手紙のやり取りは続けていました。時には、説教じみた内容の手紙もありましたが、精神を鍛えられ、すべてを前向きに捉えて、受刑生活の辛さを乗り越えながら生活を送っていました。8か月の刑期を終え、出所する日が来たのですが、普通なら社会に出れる喜びがあるかと思いますが、当時の私は、「本当に出所して良いのだろうか?」「刑期が短か過ぎたのではないだろうか?」と感じていました。
思ったより精神面が、強くなっていませんでしたし、本当に薬物を止めていけるのか、不安に感じていたからです。出所当日の天候は雨でした。。。傘をさして刑務所の門を出ました。

その一歩目は、今でも忘れることはなく、強く踏みしめ、新しい人生の第一歩として、歩みだしましたのを今でも覚えています。駐車場に目をやると、DARCの仲間が迎えに来ていて、足早に歩み寄り、挨拶をした時にふと思いました。「俺はこれで助かった。」その時の事は、雨が降るたびに今でも思い出します。
決して悪い意味ではなく、忘れてはいけない当時の感謝とやり直す気持ちでいたということを…
施設に到着するし、施設長と他の仲間が、温かく迎え入れてくれた時には、ホッとしたのを今でも覚えています。

以前、長い間、美容師として勤めてきた後に塗装業という仕事に変わり、男性ばかりの職場に対してのトラウマがあったので、「仲間と上手いことやっていけるだろうか?」と思っており、施設で生活していく上での1番の悩みとなっていました。今では、すっかり施設に馴染んで生活しており、他の仲間とも良好な人間関係を築いていけています。

施設のプログラムとして、朝・昼・夜の3ミーティングで、夜はNAミーティングでしたが、当時はコロナ感染防止対策の為や、緊急事態宣言発令中というさなかで、NA会場は休止しており、オンラインによるZOOMミーティングで参加することになっていました。はじめは、出所したばかりで、身体的にも疲れており、会場に足を運ぶより、ZOOMミーティングの方が良いように感じておりました。数週間も経過すると、施設で缶詰状態にも飽きが来て、退屈に感じるようになって行き、早くNA会場に行き、ほかの仲間との分かち合いがしたくなってきました。少し木津川DARCでの生活にも慣れてきて、ミーティングでの仲間の話にも耳を傾け、共感できるようになって行きましたが、ZOOMミーティングでの発言は、まだまだ自分から進んで話する状態にはなっておらず、どんな内容の話をしたら良いのか分からず、恥じらいを感じ、聞くだけの分かち合いになっていました。

初めてNA会場に行ったとき、半月ほど遅れて、ONE DAYのキータッグをもらいました。手にした瞬間、お守りのように感じました。1・2・3・6・9か月、1年とクリーンタイム(断薬期間)を継続していると色々なカラーのキータッグがもらえるのですが、ただ単にクリーンで過ごすのではなく、次なる目標が目の前にあることを、実感することができて良い事だと思いました。

私は本文を書いている翌月、4月〇日で1年のクリーンタイムを迎えることになります。長いようで、短かったようにも思えています。それだけ、仲間との関わりにぎこちなさや、トラブルが少なかったし、悩みや不安な思いを分かち合えたお陰だと思っています。

しかし、1年を迎える前の、この1か月が長く感じてしまうようにも思っています。先ゆく仲間の話で、1年のクリーンタイムを迎える直前に再使用してしまうことがあることを、よく耳にしたりすることがあります。油断することと、慣れてしまうことが、この病気の怖さだとも思っています。
自分の今までの人生でも、「後もう少しで目標に達する」とか、「手に入れることができる」とかと言うところで、足元をすくわれる事が何度かありました。そうならないために、無事に1年のクリーンタイムを迎えるためにも、”平安の祈り”を毎日祈り続けることを忘れないようにして行きたいと思っています。
冒頭で、私の双子の兄も薬物依存者でDARCにて回復をしてきたと書きましたように、同じ回復の道を歩んでおります。兄の方が、先ゆく仲間として約20年前からDARCに入寮し、NAに繋がっており、現在は施設を退寮して次なる生活へと進んでいます。

私も同じころには、薬物に依存していましたが、運よくパートナーを見つけ、結婚生活をしていたことにより、横道にそれずに暮らすことが出来ていました。
しかし、私の人生は、波乱万丈で、結婚・離婚と3度繰り返し、なかなか幸せな人生というものではありませんでした。
唯一、仕事は美容師を続けられていたことで薬物から離れられることが出来ておりました。今回は離婚と失職が同時に起こってしまい、薬物依存という病気の芽が出てしまいました。DARCやNAに繋がり、自分の無力さを自覚することが出来ましたし、自分には薬物以外にもアルコール・ギャンブル依存等の傾向があることを知ることが出来ました。

新しい生き方をまだまだ、模索中でありますし、回復の道を歩み始めたばかりで、不安はつきまとうと思います。決して1人では回復できない病気だと、知ることも出来ました。
先々、退寮して社会復帰をしたとしても、NAには繋がり続けて行かなければ回復し続けることが出来ないと思っています。一生涯、背負っていかないといけない病気という事も自覚し、残りの人生を悔いのないように生きていきたいと思っています。
最後まで、読んでいただきありがとうございました。共に平安でありますように祈っております。

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